とあるゲームに熱中しすぎた人の回顧録

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このトピックには2件の返信が含まれ、1人の参加者がいます。1 週、 2 日前 名無し戦車長 さんが最後の更新を行いました。

  • とあるゲームに熱中しすぎた人の回顧録
  • #34585
    名無し戦車長

    このゲームはどんどん変わっていって、プレイヤーも更新されていったが、私は何も変わっていない
    このゲームで出会った人たちは、ほとんどがある日突然ゲームから居なくなり、あるいはある日突然すっと別れを告げてきた
    このゲームで出会った人たちは、私の人生をどんどん通り過ぎていった

    私がこのゲームに夢中になっている間に、私の周りでおこっていたことは、間違いなく私の人生であったのだ
    私のこの時間は失れたものなのであろうか
    私は、これからも何かに夢中になり、時間を浪費し続けるのだろうか

    私は将来、老衰、あるいは避けられない死を前に、私のこれらの時間について、よかったと思えるのだろうか
    もし私が今死んでしまうのであれば、私はこれらの時間について深く後悔してしまうであろう
    人生は無限ではないことに、私は目を背けていた

    いつだったか、私は途中からこのゲームを惰性でやっていた
    このゲームを心の底から楽しいとは思っていなかった

    最初はこのゲームがとても楽しかった
    私がゲームをすればするほど、このゲームの中の世界は広がっていった
    ゲームの世界では、私の成長が具体的な形で、すぐにわかることができた
    ゲームの世界で多くの成長を感じ、探求心が満たされたときは、私はとても楽しくて幸せだった

    私はもっと効率的にゲームの世界を開拓し、成長し、幸せになることを望んだ
    私のこのゲームに対する熱量は、仕事のようなものであった
    私は効率を求めて、毎日ゲームをすすめ、ゲームについて学習、研究し、自身のスキルも鍛えた
    私のゲームの腕前は飛躍的に上がった

    ずっとゲームをやっていると、私はこのゲームの一つの終末点が見えた
    しかし、少し考えを膨らませると、私の中には新たな目標、もといこのゲームを続ける理由がたくさん浮かび上がってきた
    一つの終末点はすぐにぼやけた

    私はこのゲームの世界を効率的に開拓しながら、効率的に寄り道もすることに決めた
    目標を達成しても、すぐに新たな目標ができたり、定期的にゲームの中の新しい世界が追加されたりした
    私はこのゲームをするのが習慣になった
    このゲームの世界は、私の生活の中心だった
    私はこのゲームを効率的に、なるべく毎日しなければならなかった

    私は何も意識したり考えたりせず、ほとんど毎日いつものようにゲームをした
    このゲームができないと私はストレスを感じた
    気が乗らなくても、私は効率のために毎日最低限ゲームをするよう私に言い聞かせた
    このゲームでストレスを感じると、ストレスの根源を研究し、ストレスなくゲームが出来るよう努めた

    私のゲームのデータは、そのゲームの世界では輝かしいものになっていた
    私はそのデータを維持するため、ずっと効率と腕前を維持しなければならなかった
    私はときに、ゲームが苦痛で、ストレスしか感じられないときもあった
    しかし、私はゲームをやめるという選択については、なるべく考えなかった
    これまでゲームにかけた熱量と時間、輝かしいゲームの戦績、これらを失うことに、漠然とした恐怖を感じた
    私には、このゲームはしなければいけないものになっていた

    毎日、効率のためにゲームをしなければならない時刻が近づいてくると、私は気分が悪くなった
    ゲームの戦績がわずかでも下がるようになると、私は激怒するようになった
    戦績をもとに戻すために、更にゲームを続けなければならないからだ

    私の腕前の成長は限界に近づいていて、戦績をわずかにでも上げることは至難の業であった
    逆に、戦績が下がることは頻繁におこった
    休まずにずっとゲームを続けていると集中力が落ちるのは必然だが、私は自分の納得がいくまでゲームを止めることは出来なかった
    私は怒りと惰性で黙々とゲームを続けた
    気分が悪くなるくらいゲームをすることに気が乗らなくても、いざゲームを始めると、私は自分で歯止めをかけることができなくなった

    私はゲームをしていない時でさえ、ゲームの戦績が心配になり、そしてゲームをしなければいけないことに軽い絶望を感じていた
    ゲームは確実に私の心と健康を蝕んでいた
    そして、効率や戦績という概念は悪魔的に私を縛り、選択の自由を閉ざしていた
    私の中ではゲームは苦役だと気付いていたが、私はゲームをやめられなかった
    私はゲームをやめることなく、悪い状態の期間がかなり続いた

    結局私がゲームをやめたのは、今まで蓋をしてきた、ゲームによって溜まりに溜まったストレスや重圧に耐えきれず、爆発をおこしたときであった
    導火線に火をつけたのは、過去最大級の戦績の悪化であった
    その事実が明らかになった瞬間に、私はその場で、怒りに身を任せ、持っていた端末を叩き割った

    硬いものが飛び散る音が聞こえ、一呼吸おいてから、粉々になって完全に破壊された液晶を見て、私の脳内には失ったものが走馬灯のように浮かび上がった
    ゲームのデータ、獲得する予定だったゲームのイベントの報酬、連絡手段と連絡先、写真と動画、プレイリスト、電子ポイント、ブックマーク、大量の情報、大量の時間、多くのお金
    これらは自身を破壊されたことへの恨みが如く、私の心と脳内をしばらく支配し踏み荒らした

    私は生活の中心であったものを失ったと同時に、強制的にゲームの呪縛から解放された
    私の生活はしばらくは親知らずの跡のようにぽっかりとあながあき、そこに何もないことに慣れず、自身がゲームしかしていなかったことを痛感した
    ゲームをしなくなってから、1日がとても余白に満ちて溢れていることに気づいた

    また、少しずつ周りのものに目が回るようになった
    私の肌は外で活動するには青白く、体も思っていたよりもだいぶ痩せ細っていて、体力も確実に落ちていた
    寝具や部屋着も今のシーズンとズレているもので、ゲームの最中に時折起こる止まらない身震いの正体は、精神状態に関係なくただ体が冷えているだけであった
    心配で歯医者に行けば、案の定虫歯がいくつかあった

    私は最初、暇な時間はひたすら動画サイトで動画を見ることにした
    それだけでも、さまざまな発見が見つかり、多くの素敵な音楽に出会うことも出来た
    ゲームもきっぱりやめようとしたが、生粋のゲーム好きの私に全てのゲームを封じることは難しかった
    その代わり、私は自分にルールを設けた

    まず、キルレシオや勝率、レートなど、プレイ時間やプレイ回数ではない、所謂戦績が記録され公表されるゲームは避けることにした
    次に、ゲームには純粋に楽しさだけを求めて、少しでもゲームにストレスを感じた地点で、そのゲームはやめることにした
    しかし、私はゲームに熱くなりすぎると、きっぱりとやめる決断が揺らぎやすくなる
    そこで最後に、生活の中心がゲームにならないように常に意識することにした

    これはゲームが常に身近にあったり、娯楽がゲームしかない場合は、意識だけで対策することは難しい
    その為に、私は携帯電話ではゲームをしないことに決め、また何も予定の無い日にこそゲームに時間制限をかけることにした

    私にとってゲームは、かつてのように私の生活の中心ではなく、食後に食べるデザートのような存在に変えていきたい
    満腹に近い状態ならデザートを食べすぎることはないように、私の生活も有意義で密度があるものであれば、ゲームをやりすぎることはなくなる、というのが私の推測だ

    しかし現実的には、今の私にとって生活が有意義なものだと思えるようになることは、果てしなく難しい課題である
    私が現実の自分を誇れるようになる日は来るのであろうか

    6
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  • #34591
    名無し戦車長

    ラノベのタイトル並みに長いな

    0
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  • #34609
    名無し戦車長

    > 所謂戦績が記録され公表されるゲームは避けることにした
    これ共感する。
    このゲームも最初は戦績を良くするのが楽しみになるが、それはどっかで頭打ちになるし、それがストレスの元になる。

    0
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返信先: とあるゲームに熱中しすぎた人の回顧録
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